2009'11.14.Sat
三途の河にいる子供の霊は助けないんですか?
あそこに行くといつも気になるのです
子供の霊は緋想天の小町エンディング参照。
一つ積んでは父のため。賽の河原。
親より先に死ぬことが罪になるのは残酷な話かもしれません。
子供にとって無自覚であっても罪は罪であるという厳しさ。
賽の河原での間違った努力をやめ、全てを受け入れることができたなら、
その時は渡してあげよう、とは小町の談。
賽の河原の子供の霊は、地蔵菩薩様が救ってくれるというお話もあります。
地蔵菩薩は閻魔または十王の成り代わりであるとの信仰もあります。
もしかすると、閻魔様が助けてくれることもあるかもしれません。
個人的にはこっそり助けてあげてほしいけれど、自分で気がつかなければ
おそらく意味がないんでしょうね。
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2009'11.13.Fri
そういえば、私も本を書いたぜ
いつも借りてばっかで悪いから、今度は
私の本も置いていいぜ。図書館に
いくらがいい?
宣伝乙。売るのかよ!
The Grimoire of Marisaを持っている人は冒頭部を読んでみよう。
できるだけ高く売りつけてやろうと企んでいたらしい。
図書館は私設の図書館なので、パチュリーが利用する本しか置いてないはず。
ただ、外の世界で幻想入りした本が紛れているようです。
マンガとかオカルト雑誌とか。
2009'11.12.Thu
亡霊をずっと放って置くなんて
あの世には神様は居ないのかもね
神様である諏訪子のセリフ。
神様が居れば亡霊は成仏できるのだろうか。
冥界は彼岸と違って季節はあるし、ずっと人間らしい暮らしをしているようだが。
幽々子が成仏しない(できない)理由については萃香が指摘している。
また、妖夢はなぜ成仏できないのかを四季映姫に尋ねている。
それぞれまた取り上げる予定です。
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貴方達亡霊は神も見捨てたって事よ!
そういえば前に漬けていた漬物なんですけど・・・
2009'11.11.Wed
憤りに食を忘れ、楽しみに憂いを忘れる。孔子が
目指した生き方は、お前みたいな物だったのかもね
天子の説教&評価されるチルノ。
『論語』第四巻より引用。
「汝なんぞ曰わざる。その人となりや、憤りを発して食を忘れ、楽しみてもって憂いを忘れ、
老いのまさに至らんとするを知らざるのみ」
時勢を憂えると食事のことも忘れてしまい、楽しみごとに熱中すると心配事もふっとんでしまう。
そうして老い先の短いことも忘れているような男であると、どうして言ってくれなかったのか。
これは孔子が弟子に、自分のことをこう捉えて他人に伝えてほしい、という言葉であり、
孔子が目指した生き方とも言える。
チルノを見て孔子が出てくる天子も考えすぎな気もするが、
学があるからこそ気づきたくないことに気づいてしまうこともある。
チルノはある意味一番有意義な人生を送っているのかもしれない。
天人には自由があまりないようでもあり、うらやましいのかも。
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心まで冷え切ってはいない様ですね
情熱はいつでも生き物全ての魅力です
2009'11.11.Wed
心まで冷え切ってはいない様ですね
情熱はいつでも生き物全ての魅力です
ヘェーララロー。評価されるチルノシリーズ。笑顔の衣玖さん。
面倒くさがり設定がどこかにあった気もするが気にしない。
三月精などでも好奇心いっぱいな妖精として描かれ、活躍している。
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憤りに食を忘れ、楽しみに憂いを忘れる。孔子が
目指した生き方は、お前みたいな物だったのかもね
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